ウォーターフォールはもう古い?PMBOK第7版よくわかる解説

2021年に出たPMBOK第7版ですが、それまでの6版とは大きく変わっています。アジャイルの導入を研究しているインシュアテック研究所としても押さえておく内容であるため、簡単に解説を行います。(アジャイルについては下記記事も確認ください)

1.PMBOKとは

PMBOKは「Project Management Body of Knowledge(プロジェクトマネジメント知識体系)」の略で「ピンボック」と呼ばれています。ソフトウェア開発だけでなく、すべての業種のプロジェクトに適用できる汎用的なプロジェクトマネジメントに関する知識をまとめたものです。米国のプロジェクトマネジメント協会(PMI)がプロジェクトマネジメントの普及拡大を目的に発行しました。1986年に初版が刊行されてから、ほぼ4年ごとに改訂されています。2021年に発行された第7版ではVUCAの時代の背景を受けて、内容をガラリと変えてきています。次章以降で内容を説明します。

2.PMBOK6版⇒7版への変更ポイント

PMBOK(第6版)の目標はQCD(品質/費用/納期)を達成することでした。しかしながら、第7版ではプロジェクトの遂行目的が『価値の提供』と変更されました。PMBOK内でも「価値はプロジェクト成功の究極の指標である」という内容も書かれています。また、「価値」はステークホルダーによって異なるとも記載があり、そういった柔軟で複雑なゴール達成に向けて「原理・原則」に基づいた方針に再構成されていきました。原則を理解するのは、方法を理解するより時間がかかるかもしれませんが、いったん理解すれば、その知識を何度も、様々な方法で活用することができるようになります。

マニュアル通りの物を作るのではなく、臨機応変に対応することで価値のあるものを作っていくという考え方に変わったと言えます。急激な技術革新と、市場や組織の変化に迅速に適応していく必要性から、プロジェクトマネジャーは、価値を提供するために、適切なデリバリーアプローチ(予測型 or アジャイル型 or ハイブリッド型)を見極め、正しく選択する必要に迫られています。「しっかり計画し、見通しを立ててやるべきことを積み上げれば、プロジェクトは成功する」というハウツー重視の版のプロセス・管理主義に疑問符が付けられたのが第7版といえるでしょう。また、第7版では分量がだいぶ少なくなり、日本語版で約800ページ弱あった第6版に対して、約400ページ弱と半減して読みやすくもなっています。

3.PMBOK第7版の背景

VUCAの時代と呼ばれる中で、プロジェクトを取り巻く環境、制約や前提条件は常に変化し続けています。変化を柔軟に受け入れ、適応していくことも求められる中、スタートアップ企業に限らず大企業や政府においてもアジャイル開発の手法を取り入れる試みが進んでいます。「アジャイル開発宣言」には、次のような有名な言葉があります。「プロセスやツールよりも個人と対話を、包括的なドキュメントよりも動くソフトウェアを、契約交渉よりも顧客との協調を、計画に従うことよりも変化への対応を、価値とする。」

ここにある、対話・協調・変化への対応という価値観が第7版にも大きく反映されています。従来のウオーターフォールに代表される計画駆動の手法では、ビジネスに適合できないプロジェクト・市場の要求・変化のスピード・不確実性の中でビジネスを継続させる事への限界が見えてきており、そういった内容にも適用するために原理原則の記載に舵を切ったと考えられます。価値を提供するためには、目の前のプロジェクトに対する視点だけでなく、その背景・目的となる「Why」の部分、ビジョンやミッションといった、組織としての思いをより意識することが重要です

4.PMBOK第7版の構成

・PMBOKの具体的な主な変更ポイントは下記4点となっています。

①.価値重視となり「価値実現システム」の記載が追加

②.5つのプロセスから12個の原則へ変更。プロセス主導のアプローチから原理原則のアプローチに変更

③.10の知識エリアから8つのパフォーマンスドメインに変更

④.PMBOK6の具体的プラクティスについては、「PMI Standards+」というデジタルコンテンツプラットフォームに移管

5.価値実現システム (Value Delivery System)

価値とは顧客、組織、社会などに何らかの重要だったり有用なものです。システムとは互いに影響し合う構成要素の集まりです。組織内には、ポートフォリオ、プログラム、プロジェクト、サービス、オペレーションなど、複数のコンポーネントが存在し、それぞれが個別に、あるいはそれらを組み合わせていくことで価値をつくり出し、組織戦略に整合したバリューデリバリーのためのシステム(バリューデリバリー・システム)を構成することができます。

プロジェクトによっては自己組織化したプロジェクトチームが向いていますし、リーダーシップと指導による集権的な調整が向いているプロジェクトもあります。戦略の実現に向け、リソースの配分を決め、プロジェクトを遂行します。また運用で得られたフィードバックを活用し、戦略の変更やプロセスの改善を行います。そういった高速に改善するというプロセスを繰り返すことで、バランスを取りながら価値を提供するシステムを構築しましょうという内容となっています。

6.プロジェクト・マネジメント・プリンシプル(原則)

プロジェクトに関わる人々の行動指針として、戦略、意思決定、問題解決のためのガイドラインとなるものです。12個の原則が記載されています。PMI職務既定の4つの価値(責任・尊重・公正・誠実)を補完する形で定義されています。

6-1.スチュワードシップ(Stewardship)

不断の努力を重ね、敬意を払い、面倒見の良いスチュワードであることといった倫理観性を意識した活動を行うことが求められます。また、企業価値の向上および持続的成長のために、組織内外に対して、プロジェクトを通して財務的/社会的/環境的な成果を挙げられるよう努力する姿勢も必要です。スチュワードシップには「誠実さ」「面倒見の良さ」「信頼されること」「コンプライアンス」が含まれます。透明性でオープンなコミュニケーションも重要としています。

6-2.チーム(Team)

プロジェクトチームは、様々な経験・知識・スキルを持った人たちで構成されています。説明責任に加えて尊敬の文化を醸成し、協力的なプロジェクトチーム環境を創造していくことは、個人で作業するよりも効率的に共通の目標を達成することができます。個人とチームの学習及び育成や成果の提供を促進します。

6-3.ステークホルダー(Stakeholders)

プロジェクトの成功と顧客満足に貢献する為、積極的にステークホルダー(利害関係者)を巻き込み、関心やニーズを把握する姿勢がプロジェクトリーダーには求められます。ステークホルダーの関与は人間関係のスキルに大きく依存し、これはイニシアチブを取ること、誠実さ、正直さ、協働、敬意、共感、および信頼が含まれます。

 

6-4.価値(Value)

価値に集中すること。ビジネスの目的・価値・利益に対してプロジェクトの中で、整合性を継続的に評価し、必要に応じて調整し、改善する必要があります。価値をビジネスの利益に結びつけるのです。価値とは主観的なものであり、それぞれのステークホルダーのために生み出される異なる価値を考慮し、顧客の視点を優先しながら、全体的なバランスを取る必要があります。

6-5.システム思考(System Thinking)

プロジェクトのパフォーマンスに対してプラスとなるよう、プロジェクト内外で変化していく状況を自発的に把握し、評価/対応する姿勢が求められます。要素間の相互関連性に着目して、全体像とその相互関連の動きをとらえ、全体を俯瞰し、対応するのです。システムは絶えず変化しており、内外の状況に常に注意を払う必要があります。

6-6.リーダーシップ(Leadership)

周囲のモチベーションを高め、影響を与え、そして自らも学んでいくこと。個人とチーム両方のニーズを達成する為、率先してリーダーシップを発揮し、プロジェクトを主導する事が求められます。リーダーは正直さ、誠実さ、倫理的な行動において望ましい行動を示す必要があります。

6-7.テーラリング(Tailoring)

ひとつとして同じプロジェクトはありません。プロジェクトの背景や目的、ステークホルダーやガバナンスや環境に基づき、価値の最大化及びコスト管理・スピード向上を図る必要があります。自分たちのコンテクストに当てはめるのです。求めている結果を達成するための必要十分な『開発アプローチ及びプロセス』を検討する必要があります。

6-8.品質(Quality)

プロセスと成果物に対して品質を組み込むこと、ステークホルダーの要求を満たした成果物を作り、プロジェクトの目的を達成します。品質に継続的に焦点を当て、プロセスをできる限り適切で効果的にすることが含まれます。

6-9.複雑さ(Complexity)

複雑性のかじ取りをすること。複雑さは人の振る舞い、システムの相互作用、不確かさ、曖昧さの結果です。それらの要素を継続的に評価し、チームがプロジェクトのライフサイクルを円滑に進められるよう、計画や方法に関して検討する必要があります。知識・経験・学習に基づいて複雑さに対処していくのです。

6-10.リスク(Risk)

プロジェクトに関する機会(プラスのリスク)と脅威(マイナスのリスク)を継続的に評価して、対応策を検討する必要があります。機会を最大限に高め、脅威に極力さらされないように努める方法を検討します。

6-11.適応性と回復力(Adaptability and Resilience)

組織やチームの適応力や回復力を継続的に評価し、取り込んでいきます。適応力は変化する状況に対応する能力、回復力は、影響を緩和する能力と挫折や失敗から迅速に回復する能力です。変化に柔軟に対応して、プロジェクトを進めて行く事が目的です。アウトプットよりも成果に焦点を当てることで適応力が付いてくると言われています。

6-12.チェンジ(変革)(Change Management)

変化によって思い描いた未来を達成すること。プロジェクトを望むべき姿にもっていく為、新技術や今までと異なる考え方やアプローチを積極的に採用する姿勢が求められます。すべてのステークホルダーが変化を受け入れるわけではないため、変革は挑戦的な課題となります。従来と異なる新たな振る舞いやプロセスを採用し維持するために、影響を受ける人々に準備をしてもらう必要があります。

7.パフォーマンス・ドメイン

プロジェクトの成果を効果的に実現するために不可欠となる、関連する活動グループです。パフォーマンスドメイン同士が相互に関連し、望ましい成果を達成するために一体となって機能します。

7-1.ステークホルダー(Stakeholders)

ステークホルダー(利害関係者)に関連する活動や機能を取り扱い、効果的な活動を行い、プロジェクトをステークホルダーと合意を形成し、生産的な関係を築きます。ステークホルダーは個人だけでなく、グループ・組織も含まれます。

7-2.チーム(Team)

チームに対する適切なリーダーシップとマネジメントを取り扱います。効果的に実行することによって、オーナーシップの共有・チームパフォーマンスの向上が期待されます。リーダーシップについては集権型と分権型があり、分権型の記載が多くサーバントリーダーシップについてより説明があるのも特徴的だと思います。プロジェクトチームがオープンにコミュニケーションを取れることを善しとし、下記のような振る舞いをリーダーに期待しています(透明性/誠実さ/尊重/肯定的な会話/支援/勇気/成功の祝福)。またコンフリクトマネジメントについても重要性が記載されています。

  • コミュニケーションをオープンに保ち、相手を尊重する
  • 人ではなく課題に焦点を当てる
  • 過去ではなく、現在と未来に焦点を当てる
  • 代替案を一緒に探す

7-3.開発アプローチとライフサイクル(Development Approach and Life cycle)

プロジェクトの成果を最適化するために必要な開発アプローチ、デリバリーのケイデンス(報告頻度)、プロジェクト・ライフサイクルに関連する活動や機能に関して取り扱う領域です。最適化されたプロジェクトサイクルの実現を可能にしたり、プロジェクトの開発アプローチやライフスタイルなど、プロジェクトにおける利害関係への価値提供がしやすくなります。開発アプローチを決める際には次の要素を基に戦略を立てます。(イノベーションの度合い/要求事項の確実/変更の容易さ/デリバリーオプション/リスク/ステークホルダー/スケジュール制約/組織構造/文化)

開発アプローチ

開発アプローチとデリバリーケイデンスはプロジェクトの不確かさを低減する方法の一つであると記載されており、例えば規制要求事項を満たすことのリスクが大きいプロジェクトでは予測型をステークホルダーの要件に伴うリスクが大きいプロジェクトでは適応型を使うなどプロジェクトリスクに応じて検討することが重要としています。

7-4.計画(Planning)

プロジェクトを遂行する上で生み出すために必要な組織化や各種調整機能(コストやスケジュール等)の計画に関連する活動を取り扱います。組織化され、調整できた計画はプロジェクトの成果を高め、総合的なアプローチを可能にします。状況に応じてアプローチすることができる機能や活動が重要とされています。適応型のプロジェクトでもリリースに向けての計画と各イテレーション毎での計画をするようにと計画の重要性を指摘しています。見積もりでは絶対見積りだけでなく、プランニングポーカー等の相対見積もりについても使い方を説明しています。

7-5.プロジェクト作業(Project work)

プロセスの確立、リソースの管理、学習環境の構築などに関連する活動や機能を取り扱う領域です。継続的な学習とプロセス改善により、プロジェクトチームが期待する成果物が提供できるようになります。リーン生産方式やレトロスペクティブ(ふりかえり)等の導入の検討も示唆しています。

7-6.デリバリー(Delivery)

達成を目指したスコープと品質の提供に関連する活動と機能を取り扱う領域です。事業目標と戦略実施に貢献するプロジェクトの成果物として、顧客のスコープの範囲や、品質に対する期待を満たすことに重点を置きます。Done(完成)の定義の重要性等が書かれています。

7-7.測定(Measurement)

プロジェクトの作業パフォーマンスに対する評価や、適宜実施されるプロセス改善に関連する活動と機能を取り扱う領域です。信頼性の高いデータを使い、タイムリーな意思決定をすることで、目標を達成し、事業価値を創出します。プロジェクトの重要業績評価指標(KPI)はプロジェクトの成功を評価するための定量的な評価尺度です。変化や傾向を予測する先行指標と事実になった後の情報を表す遅行指標があります。KPIは単なる評価指標のため、実際に使用しないと役に立ちません。アジャイルの運営などからカンバン方式や個人のモチベーションの見える化など様々な評価指標の例を説明しています。

7-8.不確かさ(Uncertainty)

リスクや、プロジェクトを取り巻く曖昧さ・不確実性に関連する活動と機能を取り扱う領域です。不確かさの示す脅威と好機をプロジェクトチームが探求および査定し、どのように対処するかでもたらされる効果が決まります。不確かさに対して積極的に対応することが重要とされています。また、不確かさに対応するためにはプロジェクトよりも視座を上げてみてみることも重要と記載されています。イテレーション等で実施・学習を繰り返しての対応も記載されています。

8.テーラリング

「テーラリング」をしてプロジェクトに合わせてカスタマイズを行い、最適化することで、現実的に現場で使うことができます。PMBOKはどちらかというと大規模プロジェクトのマネジメントを想定しているため、小規模プロジェクトに適用すると無駄なコストがかかる可能性があります。そのため、小規模プロジェクトの場合は課題解決に繋がるプロセスだけを適用する等工夫が必要です。CMMIでは10年以上前からあった概念ですが、PMBOKでは今回から追加されています。テーラリングするためにはプロジェクトの状況、ゴール、作業環境の理解が必須となります。

9.その他 モデル デジタル・コンテンツ・プラットフォーム

プロジェクト実施における参考となるモデルについて説明しています。特に変革系のモデルが多いと感じました。(組織のチェンジマネジメント/ADKARモデル/コッターの変革の8つのプロセス/サティアの変革モデル/ブリッジスのトランジションモデル)また、「ITTO(インプット(Input)、ツールと技法(Tools and Techniques)、アウトプット(Output)」が無くなり、「モデル、手法、成果物」として1つの章でまとめて簡素な説明になりました。第6版のITTOは継続して参照できるようにデジタルコンテンツプラットフォームとして「PMI Standards+」に移管されています。

ADKARモデル

モデルと8つのパフォーマンスドメイン

10.まとめ

PMBOK第7版では、第6版から大幅な構成変更が行われました。プロジェクト毎にウオーターフォール型かアジャイル型もしくは融合し、最適な型をテーラリングしながらプロジェクトを成功に導くガイドブックとなっています。しかしながら、第7版をガイドブックとしてプロジェクトを進めるというのは、我々にとって新しいチャレンジとなります。使いこなすには、プロセスを重視したプロジェクトマネジメントと柔軟性を重視したアジャイル手法の双方を学習・理解し、プロジェクト特性に合わせて、どのようにそれらの利点を使用して行くのかを考えられるよう経験を積んでいくことが必要になると思います。またウォーターフォール開発であってもマインドとしては「探索型」のマインドは必須になると考えます。

今まで、ウォーターフォール型が主戦場だったPMにとっては、急に適応型アプローチに対応できるのか?という恐れがあると思います。もちろん、内容的には両方に対応して記載されていますので、ウォーターフォールを捨てたわけでも否定しているわけでもありませんが、計画して作ったものが成果を上げるとは限らない昨今の時代を鑑みると、リーン、デザイン思考、アジャイルといったアプローチは予測型のPMにおいても必須と考えられます。ウォーターフォール型を採用する際も、判断無しに採用するのではなく、価値を考えた際にウォーターフォールが適しているといった判断が最初にあるべきと考えます。

(デザイン思考やリーンの進め方については下記記事も確認ください)