チームレジリエンスで見つける新しい成長の道

スクラムの実践と変化の兆し

今日のスプリントプランニングは、予定通り進んでいた。

「今日はUIの改善作業をメインに進めましょう。まずはこのタスクに集中でお願いします」

リーダーの佐藤の声に、メンバーは黙って頷く。


入社2年目の結城は、その空気に小さくため息をついた。
(…また、何となく淡々と進むだけの日になりそう)

作業は問題なく進んでいる。だが、最近「これは何のため?」と立ち止まる場面が減っていた。朝会でも、目的を確認する対話はほとんどない。いつの間にか、誰も問いを発さなくなっている。

その午後は、月に一度の1on1。相手は同僚の高田だった。

「こんにちは、今日はよろしくお願いします」

「お願いします。今の状況を天気に表すと、どんな天気ですか?」

少し間を置いて、結城が言った。

「曇りですね。進捗は出てるんですけど、最近、チームが“作業を回すだけ”になってる気がしてて」

「わかります。私も最近、朝会で引っかかるやりとりがなくなったなって思ってて。目的より手段が先に立ってるような」

「そうなんですよ。自分もそれに流されてたんですけど……何か小さく変えられたらって思ってて」

「小さく?」

「次の朝会で、自分のタスクについて“なんでこれやるんだっけ”って一言だけ添えてみようかなと。小さな実験ですけど」

「それ、いいと思います。私も、何か一言添えてみます」

「ありがとうございます。ちょっとだけ、空気変わるといいですね」

「ですね。やってみて、また話しましょう」

20分の1on1だったけれど、結城にとっては、モヤモヤを言葉にできた意味のある時間になった。

解説

結城が1on1で抱えていた「進んではいるけれど、何かが違う」という感覚。
このような違和感の正体は、しばしば「適応課題」にあります。

「技術課題と適応課題の違い」

技術課題は、既存の知識やスキルで解決できる問題です。一方、適応課題は、既存の方法では解決できず、関係者自身の考え方や価値観、行動を変える必要がある問題です。

結城のように「作業は回っている。でも空気が重い」と感じたとき、そこには往々にして「目的が共有されていない」「対話が減っている」いった適応課題の兆しがあります。

そして厄介なのは、それを技術課題として扱ってしまうことです。

たとえば、空気の停滞感を「朝会のファシリテーションが弱い」と判断し、テンプレを変えたりタイムボックスを定義する。

すると、表面的な改善が見えても、本質的なズレは埋まらず、かえってメンバーの思考や発言は減っていくことすらあります。

だからこそ、適応課題には時間をかけて、チーム全体でじっくり向き合うアプローチが必要であり、

その為の重要な要素が「チームレジリエンス」です。

チームレジリエンスとは

チームが「困難」から回復・成長したりするための能力やプロセスであり、逆境によって引き起こされたプロセスロス(プロセスの損失)から立ち直るチームの能力とも言えます。

小さな実験がチームを変える

今回の結城のように、「この作業、なぜやってるんだっけ?」と一言添えるだけでも、チームの対話は少し変わります。これは大きな変革ではなく、“小さな実験”です。

 こうした実験が、実はチームレジリエンス(困難への回復力・しなやかさ)を育む大事な一歩になります。書籍「チームレジリエンス」では、チームレジリエンスを高めるプロセスやその方法について下記のように紹介しています。

書籍「チームレジリエンス」を元に作成

上記本にも記載されている対策を踏まえ、我々が色々と実験した中でチームレジリエンスの向上に効果があったと思われる活動について紹介します。

チームレジリエンスを育んだ3つの事例

1. 1on1を「対話の練習」にする

 1on1というと上位者が聴き手となり、下位のメンバーが話し手となり実施するのが一般的だと思います。しかし、我々は1on1を対話の練習と割り切り、上位/下位という関係はなく、メンバー同士で行い、それを全体で共有するような形で運営しました。


 上記のように1on1を実施しそれをシートに記載し、お互いで1on1自体をふりかえり、更にその内容を組織のメンバーに発表するような運営を繰り返しました。

 1on1のシートについては、1on1ミーティングガイドから気をつけるポイントを5個抽出し、それのチェックシート作り聴き手/話し手がどれだけ意識できたか?うまくいったかを振り返ってもらいました。

 この事は対話の練習になると共に、1on1自体の会話の質も引き上げ、チームでの認知の共有に大きく役立ち、そういった複数視点で見ていく事がチームレジリエンスの強化につながっていったと考えられます。

2. ストーリーとマルチモダリティを活用する

 「共観創造:多元的視点取得が組織にもたらすダイナミズム」という本の中で、創造プロセスを効果的になものにするためには、認知的共感(その中でも、多元的視点取得)が重要と書かれています。多元的視点取得というのは複数の視点で物事を見れるケイパビリティです。1で記載した対話のように、複数の視点で見ることはチームレジリエンスの強化だけでなく、創造プロセスの発揮にも大きく影響を与えることが論じられています。

 また、その多元的取得のスキルをチームで伸ばす仕組みとして「マルチモダリティ」と「ナラティブ・モード」の2つを挙げています。

チームとして多元的取得を高めるしくみとしては、言語表現だけでなく、視覚、聴覚、触覚など様々な感覚の経路を通して感受するマルチモーダリティ、ナラティブ表現(物語り)を通じて、世界、他者、そして自己を解釈するナラティブ・モードが有効である。マルチモダリティとナラティブ・モードは、個人内、チームメンバー間、チーム外部との3層の相互作用において多元的視点取得を支援する。

共観創造 終章 「チームによる共観創造」より

マルチモダリティについて

 文字だけでなく図・絵・音・映像など複数のモード(マルチモダリティ)を通じて共有することが重要であるため、MIROでのワークでもあえて絵文字を配置するようにしたり、普段からカンファレンス等の動画鑑賞会をしたり、AIで動画を作ってみたり、ニコニコカレンダーを作ったり、スプリントゴールを1枚絵で表してみたり、複数の表現方法を色々と組み合わせることを試しています。

 こちらは効果がどの程度あるかはわかりませんが、チームレジリエンスでも記載があった「遊び心」の観点ではとても良いと思っています。

ナラティブ・モードについて

 ストーリーのある物語の形でメンバーで共有することも多元的視点取得では重要とされています。我々はしばしば「ストーリーマッピンング」という技法でストーリー形式での目標設定などを行っています。

書籍「ストーリーマッピングを始めよう」より


 ストーリーでのナラティブ表現については、明確な正解があるわけでない為、よりどのような意図でそのストーリーにしたのか、自然と対話を促すツールになると感じています。チームレジリエンスでもストーリーの重要性は語られており、やはり重要と感じました。

3.メンバーの個性や感情を共有する

 最後に意識しているのがメンバーの興味を聞きあう活動です。例えばあるチームでは毎日デイリーでのMTの際に自己紹介を行い続けています。そもそも対話する上では相手に興味を持つことが前提条件になっており、そういった個人の興味の共有にコストをかけています。特に我々の組織は色々なパートナー会社のメンバーが集まっているチームの為、意識的にそういった知り合うための活動を実施しています。
 そういった自己紹介については下記記事で説明しています。

まとめ

 このような取り組みを続けた結果、少しずつチームレジリエンスが備わってきたかと思います。最近のMTの中で、自分たちの強みは何だと思うか?ということを話していた際、メンバーから

「問題はすぐには解決しない。ちょっとずつ変えていこうという気持ちを持っていること」

これが自分たちの強みだとあがりました。

 こういったことが強みとして出てくることがレジリエンスが少しずつ高まっている”兆し”だと思っています。引き続きレジリエンスを強められるよう活動を進めていきます。

読んでいただきありがとうございました。