エンジニアは哲学者であり、芸術家である──AI時代の職能を再定義する

Claude Code や GPT-4o の登場により、AIによる自動生成が一気に加速しています。コードやテスト、設計までを自動化する時代に突入し、大多数のプログラマーが不要になる未来が現実味を帯びてきました。この変化の中で、私たちエンジニアはどんな力を身につけ、どう価値を発揮すべきか。この記事では、その問いに対する一つの思考実験を記してみます。

(この記事はInsurtechLab2025.1Qアドベントカレンダーの記事で書いています。書いている内容はあくまでも個人的な考えです。)

AI時代に必要とされる能力について

 今、AIはコード生成からテスト、デザインまですべてを自動化できると期待され、より複雑で高度な役割を担うエンジニアの存在が問われています。高度なエンジニアとはどういった人材なのでしょうか?AI時代だからこそ「人間の創造性」をより中心においたエンジニアが必要となると考えています。その鍵を握るのが、Science・EngineeringDesign・Artの4軸です。


1. Science – 問いと根拠、知への探求

 AIの出力は過去のデータに依存していますが、その意味や価値は「問いを立てる力」によって決まります。

 たとえば、AIに「人気のあるカフェの特徴を分析して」と依頼すれば、席数や立地、レビュー評価などのデータから「人気店の共通点」は導き出せます。しかし本当に価値があるのは、「なぜ今、静かな空間が求められているのか?」「なぜ人々はそこで長居をしたくなるのか?」といった“背景にある社会的・文化的変化”を問い直す力です。

 Scienceとは、こうした問いを立て、その背景を調べ、構造を見出していく営みです。そしてそれは、既存のデータだけではたどりつけない、人間の探究心に基づく創造的思考によってはじめて可能になります。

2. Engineering – 科学を動かす仕組み化

 問いから得られた知見を、実際に動く仕組みへと変えるのがEngineeringの役割です。AIモデルやインフラ設計を現場に統合し、継続的に動かしながら改善する技術です。人間には理解できないスピードで進むAIに関して、人間が理解できる形で仕組み化するのがEngineeringの仕事になります。

3. Design – 意図を体験へ翻訳する設計力

 Engineeringで動く仕組みを、実際のカタチにするのがDesignの領域です。一見良さそうな見た目はAIで創り出せます。しかし、ここで重要になるのが「か(意図や問い)」「かち(価値)」「かたち(形)」という観点です。

 Designとは単なる見た目ではなく、この「意図や価値」を踏まえて初めて意味ある形が生まれます。「か(意図や問い)」や「かち(価値)」を踏まえた上での「かたち(形)」はAIにはつくることが出来ません。

4. Art – 世界を問い直し、印象づける創造力

 1~3に対して、問いや世界観、感動を吹き込むのがArtです。「AIには真似できない最初の原画を描く絵師・空間に新しい意味を与える建築家」のように、人間にしか生み出せないオリジナルの問いや衝撃を届ける力が、これからのエンジニアに求められます。Artがあるから人は心を動かされ、疑問を抱き、行動するのです。

創造性のクレブス回路について

 MIT(マサチューセッツ工科大学)の Neri Oxmanは、上記、Science⇔Engineering⇔ Design⇔Art⇔Scienceの循環に関して、創造のクレブス回路として示しました。

 各ステージは、問いを起点に互いに受け渡されながら回転することで、はじめて本当の価値が生まれます。

 また、クレブス回路では南北の軸として、Economy(経済性)とPhilosophy(哲学)を定義しています。

 デザインやエンジニアリングについては、形だけはAIで作れ、大きな経済性を産むように見えます。しかし、そこには「何のために作るか」の問いが欠けてしまいます。だからこそ、哲学(Philosophy)による目的の再確認や意味の問い直しが不可欠です。

 これからのエンジニアにはArtやScienceといった哲学的な領域に踏み込み、成長できる人材・生成できる人材が必要となってくると考えています。

具体的な人材像イメージ

 前提としてAIが進む事で、現在のような大規模チームは少なくなり、より少人数のチームが機能発揮していく事は間違いないでしょう。また、上記クレブス回路を循環させられる人材と考えると、そこから必要な人材が定義できます。

1. アーキテクト:構造と美を編む人

 AIでコードが書けるからこそ、それらがどんな構造を持つべきか、どのように設計すれば保守性・拡張性・可読性が高まるのかを考えるアーキテクトの重要性はむしろ増しています。AIが生成した無数の断片的なコードを束ね、意味のある全体にするのは、人間の仕事です。

 また、これからのアーキテクトには、説明可能性と美しさの両立が求められます。他者に共有しやすく、再利用しやすい構造にするためにはその人なりの美意識や哲学が重要となります。クレブス回路の対極であるエンジニアリング(右下)とアート(左上)をいったり来たりする人材がAI時代のアーキテクトと言えるでしょう。

2. プロダクトオーナー:価値の仮説を設計する人

 AIが生み出すスピードに合わせて、プロダクト価値の仮説検証を次々と回していけるのがプロダクトオーナーの役割です。

 ユーザー要望を集めるのではなく、プロダクトにどんな価値があるかを科学的に仮説立てし、AIの力を借りて最小限で実装→検証→改善を高速で繰り返す。
 プロダクトの体験(UX)をデザインしつつ、それを仮説という科学の方法論で支える。クレブス回路の対極であるデザイン(左下)とサイエンス(右上)をいったり来たりする人材がAI時代のプロダクトオーナーだと考えています。

3. QA(品質保証):意味のある「よさ」を定義する人

 上記1と2のメンバーだけだと、全体として噛み合わないリスクがあります。AIによる自動生成が進むなかで、「そもそもこれは良いのか?」という品質判断をできるクレブス回路全体を抑えられる人材が必要です。

 単なるバグの有無だけでなく、ユーザの行動に関するアートやデザインの良さを評価でき、チーム内のナレッジであるサイエンスやデザインと整合させどう測るかを設計できることが重要です。

 そのために必要なのは、品質を「定量的に測る力」と「定性的に捉える感性」の両方。ここでも技術とアートの融合が求められます。美しく、意味のある品質を定義し、再現可能にするQAは、AI時代の要の職能です。

4. ジェネレーター:変化を楽しみ、活動を生み出す人

 上記1~3のメンバーが揃って成果を出せれば問題ないですが、チームが出来て間もない時など、ケイパビリティが足りない場合は、チームとして成長させていく事が必要です。

 現在はそういった役割はスクラムマスターが担っていますが、「チームの自己組織化や継続的改善を支える支援的な動き」だけはAI時代では不十分ではないかと考えています。自らがより、生成的・漂流的に動き、チームに限らず、「」や「プロダクト自体」に対しても働きかける動きが必要と考えています。

 アーキテクトが構造を編み、プロダクトオーナーが仮説を設計し、QAが意味を定義するのだとすれば、ジェネレーターはその前段に立ち、まだ何もないところから活動の場や問いを立ち上げる触媒と言えるでしょう。クレブス回路の四軸を漂いながら、特定の成果に回収されることなく、Design・Art・Science・Engineeringを横断的に観察し、場のエネルギーを生成する存在。それが、AI時代に不可欠な新しい職能、「ジェネレーター」なのです。

「創造のサイクル」を回せるチームへ

 また、もう一つ大切なのは、チームとしてこのサイクルを回していくことが大切だということです。ここで鍵になるのが、SECIモデルです。これは知識創造理論の一つで、

  • 共同化(Socialization)
  • 表出化(Externalization)
  • 連結化(Combination)
  • 内面化(Internalization)

という4つの知識変換を回すことで、暗黙知と形式知を行き来しながら組織知が深まっていくという考え方です。特に共同化から表出化の流れは、クレブス回路の変換と似た動きが見られると考えています。

 しかし、SECIモデルがうまく機能するには「知識の深い変換」が行われるが必要です。ただ集まって付箋を貼るワークショップをするだけでは不十分なのです。必要なのは、個人のPhilosophy(なぜそれをやるのか)と、チームのPhilosophyがぶつかり合う“知的コンバット”。プロダクトを良くしたいという、お互いの暗黙知を掘り起こし、揺さぶり合い、意味を再構築するプロセスが不可欠です。

 このような場を生成し、知を揺さぶり、問いを立て続ける役割こそがジェネレーターです。ジェネレーターは、クレブス回路の四象限すべてを感受しながら、SECIサイクルを駆動させる触媒のような存在です。問いを開き、表出を促し、連結を仕掛け、内面化を支える。単なるファシリテーターではなく、“生成的対話”を仕掛ける存在として、AI時代に不可欠な役割だといえます。

  クレブス回路(創造性の循環)とSECIモデル(知識の循環)を一体化して回せるチーム──それが、これからの時代を生き抜く“創造する組織”の鍵になると私は考えています。

結局、今何をすればよいのか?

では、私たちは何をしていけばよいのでしょうか?

一つは、アーティスティックな感覚を深めることだと思います。プログラムに美を感じること。プロダクトに物語を宿すこと。品質に哲学を込めること。

そのためには、仕事で経験したことを言語化し、自分なりの問いを持つことが大切です。
そしてカンファレンスやコミュニティといった「知が交わる場」に身を置き、他のプロフェッショナルがどんなフィロソフィーで動いているのかを感じることも非常に有効です。

AI時代に、エンジニアが生きていくというのは、
「手を動かす人」から「意味を問う人」になることではないかと私は思います。

私たちにしかできない創造が、きっとまだまだあるはずです。最後に上記職種ごとに具体的にどのようなことを意識したらよいかのポイントを記載して、締めくくりたいと思います。

アーキテクト
・コーディング作業について哲学や美を感じられるように書いて書いて書きまくる
・構造等を説明できるよう普段から言語化/モデル化を意識する (カンファレンス登壇すると同じように言語化を意識している方が多いので、カンファレンス登壇はおすすめ)
・アーキテクチャの歴史(MVC→DDD→イベント駆動など)を体系的に学び、時代による設計思想の違いを理解する
・構造と美の関係を深く理解するために、パターンを学ぶ

プロダクトオーナー
・仮説検証を学ぶ
・再現性等、科学的な説明/証明を意識する(法則性についてカンファレンス登壇等で発表する)
・ユーザーとの仮説検証を高頻度で繰り返す。ユーザーと直に話すことを繰り返す
・マーケティングや行動経済学の理論(例:ペルソナ、PMF、ジョブ理論)等、自分が得意な理論領域を身に着け、仮説設計の補助線として使えるようにする

QA
・QAのスキルを広く学ぶ(テスト設計、UX、倫理、アクセシビリティなど)
・プロダクトにとっての「よさ」とは何かを言語化し、測定・再現可能な単位に変換する練習をする
・他職能(PO・エンジニア・デザイナー)の視点と連携して、チーム全体の“品質観”の共通化に貢献する

ジェネレーター
・フィーリング(実感)のスキルを観察技術として高めてゆく
・エッジを超える/越境する
スクラムマスターやファシリテーターの学習をする
・表現者として鍛える、発信していく

共通・Philosophy(哲学) を感じる方の意見をたくさん聞いたり、一緒に過ごす経験をして、学び取る
なぜそれをやるのか?」という問いを繰り返す習慣を持つ(目的の二重化)
・答えの出ないことに対する対話に慣れる、積極的に参加する

以上となります。読んでいただきありがとうございました。

【参考文献】

ジェネレーター 学びと活動の生成
知識創造企業
代謝建築論: か・かた・かたち
Age of Entanglement